情シス担当者に求められる「つながらない権利」への対応

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2026年に提出が予定されていた労働基準法の改正では、「つながらない権利」が主要テーマの1つでした。通常国会への提出は見送りとなりましたが、近いうちに提出されるかもしれません。

この改正が成立すると、企業にはガイドラインの策定や社内ルールの整備が求められます。これは人事担当者だけでなく、情報システム担当者にとっても、システムの設計や運用の面で大きな影響があります。

「つながらない権利」とは何か

リモートワークの普及もあり、従業員にスマートフォンやパソコンを貸与する会社が増えています。自宅や外出先などいつでもどこでも働けるようになり、便利になった一方で勤務時間外や休日にも連絡できるようになりました。

結果として、本来は業務時間外であるにも関わらず仕事をしており、サービス残業のような状態が発生しています。業務時間外に対応する従業員が増えると、対応することが当たり前のような雰囲気が社内に醸成されていきます。

このような状態になることを防ぐため、業務上のメールや電話、チャットなどへの業務時間外の対応を拒否しても不利益を受けない権利を「つながらない権利」といいます。退勤後だけでなく、早朝や深夜、休日、有給休暇中、長期休暇中など「本来勤務していない時間」全般が対象だと考えられます。

一方で、業務上どうしても必要な連絡は存在します。このため、厚生労働省の研究会報告では、勤務時間外の連絡についてどこまでを許容し、どこから拒否可能とするのかを労使間でルールとして作成することを促進するガイドライン策定が必要と明記されています。

参考

2026年前後に予定されていた労働基準法の抜本的な見直しの中では、「つながらない権利」が新たな権利として位置づけられる方向で議論が進んでいました。

現時点では「ガイドラインによるルール化の推奨」「社内ルール策定の義務づけに近い要請」が中心で、具体的な罰則付き規定までは至っていないものの、勤務時間外の連絡を抑制する方針は明確な政策目標になっています。

情報システム担当者に求められる対応

メールやチャットといったツールが連絡に使われるのが当たり前の時代において、情報システムの設計や構築、運用は「つながらない権利」に大きく関与するインフラだといえます。

まずは勤務時間外の通知やデータへのアクセスをどこまで制限するかを、人事・総務部門が作る社内規程と合わせる必要があります。たとえば「原則として通知禁止」なのか、「緊急時のみ例外」なのかによって変わります。

技術的には、勤務時間外はチャットのステータスを自動的に「不在」に変更する、通知をサイレントにする、休日に届いたメールには不在メールを自動返信する、といった対応が考えられます。社用スマホでは、時間帯別の着信制御により、業務時間外に着信しない設定も考えられます。

また、勤務時間外にメールを送信したり、チャットを使ったりしたことを把握できる「ログ」は、労働時間の把握や是正指導の根拠に使えます。既存の勤怠管理システムとグループウェアのログを突き合わせ、一定の閾値を超える利用があれば人事・労務へアラートを上げることもできます。

ログを懲戒のためではなく、過重労働やハラスメント防止の観点での「モニタリング」という位置づけにすると、運用しやすくなります。

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テレワークが普及し、時間や場所を問わず連絡が届くことが「見えない拘束」の原因になっているため、モバイル端末の管理が鍵になります。一般的には、モバイルデバイス管理(MDM)、リモートアクセス、VPNの利用などの技術を使って、いつ、どこで、どのくらいの時間を使っているのかを把握し、制御することが考えられます。

一方で、すべての従業員を対象にするのかを考えなければなりません。たとえば、管理職は対象外にする、という考え方もありますが、海外では全従業員に「つながらない権利」を認める例が多く、日本も同様の方向性が想定されています。

ただし、例外として認める条件を明確にし、労働時間を適切に記録するため、勤怠システムとの連携方法も考慮します。

導入と運用のポイント

制度の面と、技術の面から「つながらない権利」を確保しようとしても、現場で運用できなければ意味がありません。「ある部署は例外」といった状況が日常的になると、最初に決めた方針が少しずつ崩れていきます。

このため、まずは管理職への教育が必要です。「緊急」と判断する線引きや、勤務時間外に連絡を控えるべき理由として、法令面や健康面、離職防止などがあることを、管理職向けの研修で共有します。

さらに、従業員に周知するとともにフィードバックの窓口を用意します。新たにルールを作成したときは、システム上の変更点と合わせて説明し、運用上の問題や例外ケースを報告できる相談窓口を用意します。

最初から全社的に導入することが難しい場合は、いきなり全社一斉に強い制限をかけるのではなく、一部の部署や特定の時間帯から試行し、ログと現場の声を見ながら設定値を調整するなど、段階的な導入が現実的です。

そして、この「つながらない権利」を「制限」として使うのではなく、業務時間内の集中力アップによる生産性向上、採用競争力の強化につなげることで、前向きな施策として浸透することも考えられます。

まとめ

情報システム担当者としては、「つながらない権利」を守るための社内規程づくりに受け身で参加するのではなく、技術的な制約と可能性を示しつつ、現実的かつ実効性のあるルールと仕組みを一体で設計していくことが求められます。

著者プロフィール
増井 敏克氏(ますい としかつ)
増井技術士事務所代表。技術士(情報工学部門)、情報処理技術者試験にも多数合格。
ビジネス数学検定1級。

「ビジネス」×「数学」×「IT」を組み合わせ、コンピューターを「正しく」「効率よく」使うためのスキルアップ支援や各種ソフトウェア開発、データ分析などをおこなっている。

著書に『図解まるわかり セキュリティのしくみ』『図解まるわかり プログラミングのしくみ』『図解まるわかり アルゴリズムのしくみ』『IT用語図鑑』『IT用語図鑑[エンジニア編]』『Pythonではじめるアルゴリズム入門』『プログラマ脳を鍛える数学パズル』『プログラマを育てる脳トレパズル』(以上、翔泳社)、『プログラマのためのディープラーニングのしくみがわかる数学入門』『プログラミング言語図鑑』(以上、ソシム)、『基礎からのプログラミングリテラシー』(技術評論社)、『RとPythonで学ぶ統計学入門』(オーム社)などがある。